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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10333号 判決

原告

株式会社マツシブジャパン

右訴訟代理人弁護士

戸田宗孝

松尾武美

被告

関西ペイント株式会社

被告

恒和化学工業株式会社

被告

神東塗料株式会社

被告

東亜ペイント株式会社

被告

日本ペイント株式会社

右五名訴訟代理人弁護士

山下朝一

松本重敏

右訴訟代理人弁護士

青柳昤子

右輔佐人弁理士

山本亮一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告らは、業として別紙目録記載の塗装方法を塗工事に使用してはならない。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

主文同旨の判決を求める。

第二  請求原因

一、原告は、次の特許権について、特許権者である訴外Mから昭和四七年五月二三日専用実施権の設定を受け、その旨同年一一月二一日登録を経由した専用実施権者である。

出願日 昭和四二年六月二日

(特許願昭四二―三四八三三)

公告日 昭和四五年三月一二日

(特許出願公告昭四五―七一九九)

登録日 昭和四五年九月一八日

登録番号 第五八三六八九号

発明の名称 立体模様の塗装壁体の製造方法 〈以下略〉

理由

一原告が本件特許権についての専用実施権者であること、本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載が請求原因二の項のとおりであること、被告らが昭和四五年四月ころから現在に至るまで業として被告方法を用いて塗装工事を施工し、あるいは他の塗装工事請負業者に右施工の代行をさせていることは、当事者間に争いがない。

二本件公報によれば、本件特許発明は、立体模様の塗装壁体の製造方法であつて、次の事項をその構成の要件とするものであると認められる。

(1)  セメントと合成樹脂又は合成ゴムラテックス及びこれに必要に応じ着色剤、充填剤等の添加剤を配合したセメント組成物に

(2)  適量の水を加え、

(3)  全体が多泡化するよう良く混練した後、

(4)  これを基壁体の上面に塗装し、

(5)  この塗布した含水多泡化セメント組成物層が凝結するに至らず可塑性を有する間に、ローラー若しくは型押し等の適宜の型模様付法により、表面凹凸のある立体模様を形成する。

三そこで、本件特許発明と被告方法とを対比する。

(一)  本件特許発明におけるセメント組成物は、セメントと合成樹脂又は合成ゴムラテックス及びこれに必要に応じ着色剤、充填剤等の添加剤を配合したものであるところ、被告方法のうちマスチック塗材A及びBを使用する方法は、右塗材がセメントを配合したものでないところから、本件特許発明の前記構成要件(1)を充足しない。

原告は、本件特許発明におけるセメント組成物に換えるに、マスチック塗材A、Bにおけるような、セメントのないものをもつてすることは、本件特許発明の特許出願当時の技術水準において、平均的能力を有する塗装関係の技術者が容易且つ明白に予測しうるところであつたから、マスチック塗材A、Bを用いる被告方法は本件特許発明と均等であるという趣旨の主張をする。しかしながら、本件特許発明の技術思想は、セメントを配合した「セメント組成物」を使用することがその中心をなすものであつて、セメントを配合しない組成物を用いる方法は、そもそも本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。このことは、本件特許発明の、公知技術との関連における目的についての、本件公報の次のような記述からも明瞭である。

「従来よりセメントに砂、石灰、アスベスト等の充填材、着色剤を加え水と共に混和したセメントモルタルを基壁に塗布した後鏝或は押型等を用いて其の表面に立体的な模様を形成することは公知であるが、斯かる方法ではセメントモルタルの可塑性が不充分で粘結性も不足のため細微で彫りの深い立体模様の形成は不可能であつた。又斯かる従来の方法による模様面は硬化後に欠け易く、又亀裂が入り易くて、之れが漏水の原因になる等の欠点を伴うものである。更にセメントモルタルの凝結は一般に施工後二時間で始まり三時間で終結するという性質を有するために型押模様付の可能な時間が此の二〜三時間の間に集約されてしまい、従つて施工には時間的、延いては面積上の制約が加えられるという点もあつた。本発明はセメント組成物に適度に硬化前に可塑性と凝結遅延性を与えて模様付特性を向上させると共に、之れには更に硬化後の強靱性と防水性、更には断熱性をも付与することによつて上記したような欠点を除いたものである。」(一頁左欄二七行目ないし同右欄八行目)

原告は、マスチック塗材A、Bは新規開発されたものではなく、このような組成物を建築用塗材に使用することは本件特許発明の特許出願の日前に既に公知であつたから、本件特許発明のセメント組成物からセメントを除くことは、本件特許発明の特許出願当時の技術水準において、平均的能力を有する塗装工事関係の技術者が容易且つ明白に予測しうるところであつたと主張する。しかし、マスチック塗材A、Bの組成物並びにそのような組成物を建築用塗材に使用することが、原告が主張するように公知であつたとすれば、本件特許発明の特許出願人は、そのような組成物を使用することをも本件特許発明の技術的範囲に包含されるような表現を用いて特許請求の範囲を記載すべきであり、そのような記載のない本件特許発明においては、セメントを含まない組成物を使用することは、その技術的範囲に入らないものと言わざるを得ない。原告の主張は理由がない。

(二)  マスチック塗材Cがその組成中にセメント及び合成樹脂を含有していることについては、当事者間に争いがない。そうすると、マスチック塗材Cを用いてする被告方法は、本件特許発明の前記構成要件(1)を充足する。

被告は、マスチック塗材Cにおける合成樹脂は、塗装に当つて塗材に展延性を与えローラー回転を円滑にするために添加されるものであつて、本件特許発明におけるのとは異なつて、その存在によつて組成物を多泡化したり、これに凝結遅延をきたしたりすることがないように構成されるからマスチック塗材Cを使用する被告方法は、前記構成要件(1)を充足しないという趣旨の主張をする。なるほど、本件特許発明で合成樹脂を用いる目的は、被告が別に主張するように、組成物を多泡化し、且つこれに凝結遅延性を与えることにあると認められ(本件公報一頁右三七行目ないし二頁左欄四行目参照)、本件特許発町の前記構成要件(1)でいう合成樹脂とは、右のような目的の下に用いられ、右のように作用する合成樹脂に限られると解されなくもないが、その問題は専ら本件特許発明の前記構成要件(3)の充足の有無として考察されるべきであると認める。充足の有無については次に述べる。

(三)  本件特許発明は、セメント組成物に適量の水を加え、全体が多泡化するよう良く混練した後、これを基礎体の上面に塗装することを要件とするものであるところ、被告方法は、組成物をそれが多泡化するよう良く混練するという工程を欠くものである(被告方法で用いるマスチック塗材には、いずれも消泡剤が入つていることから明らかである)から、被告方法は、本件特許発明の前記構成要件(3)を充足しない。

原告は、「多泡化するよう良く混練し」という要件を本件特許発明の構成から除外し、あるいは被告方法に用いるマスチック塗材に消泡剤が配合されていてもそのことによつて塗材の仕上において何ら格別の効果が得られるものではないから、本件特許発明と被告方法とは均等であるとの趣旨の主張をする。しかしながら、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないものであるから(特許法第三六条第五項参照)、「多泡化するよう良く混練し」という事項は、本件特許発明の構成に欠くことのできないものであるとして記載されたものであるというべきであり、また本件公報によれば、本件特許発明の明細書の発明の詳細な説明の項においても、本件特許発明の構成として、「セメント組成物に適当量の水を加え全体が多泡化するよう良く混練し、なお、多泡化が不充分の場合は、上記組成物にアルミニウム紛末等を加えて混練する。」(本件公報一頁左欄一八行目ないし二一行目)と記載されており、また実施の態様の説明においてセメント組成物中に発泡剤が掲載され(同一頁右欄二九行目、三〇行目)、その発泡剤について「発泡剤は組成中ラテックスの多泡化効果が不充分な場合にラテックス量を多くする以外の補助的手段として加えられるが、之れにはアルミ粉末のようにセメント―水系組成中に於いて発泡効果のある如何なるものであつてもよい。」(同二頁左欄二三行目ないし二七行目)と記載され、更に実施態様としての塗装方法の説明においても、「セメント組成物に適量の水分を加えつつ其の粘性によつて多泡化せしめつつ混練し、」(同二頁左欄三一行目ないし三三行目)と記載されており、作用効果についても、「本発明の方法によればセメントモルタル組成は合成樹脂乃至合成ゴム水性ラテックスによつて、可塑性、粘性が与えられ、又多泡化されると共に可塑性が長時間持続する結果、ローラー或は型押等の簡単且つ能率的な手段或は従来からの鏝を用いた手段で容易に細微且つ立体的な模様のある化粧表面を形成され、」(同二頁右欄一四行目ないし二〇行目)と記載され、反面多泡化しない方法についての開示は全く存しないことが認められ、右事実によれば、特許請求の範囲の項の「多泡化するよう良く混練し」という記載が本件特許発明の必須の構成要件を表示するものであることは明白であり、従つて塗材を多泡化しないでする塗装方法が本件特許発明とその技術的思想を異にし、この点において既に均等を論ずる余地の存しないことも明らかである。

(四)  前説明のとおり被告方法は組成物を多泡化しないものであるから、本件特許発明の前記構成要件(5)における「含水多泡化セメント組成物層」がなく、従つて被告方法は本件特許発明の右構成要件を充足しないものといわなければならない。そもそも本件特許発明は、本項(一)で摘示したように、従来公知のセメントモルタルを用いる方法の欠点を是正するために、セメント組成物に合成樹脂又は合成ゴムラテックスを配合してこれに適度の可塑性と凝結遅延性を与えて模様付特性を向上させようとしたものであり、従つて本件特許発明にかかる方法において、全体が多泡化するよう良く混練されたセメント組成物が基壁体の上面に塗装されてから、ローラー若しくは型押等の適宜の型模様付法により、表面に凹凸のある立体模様が形成されるまでの間は少なくとも二時間以上六時間以内であると認められるところ(本件公報一頁左欄三六行目ないし右欄三行目及び一頁右欄三七行目ないし二頁左欄四行目参照)、〈証拠〉を総合すると、被告方法においては、多孔質ハンドローラーを使用してマスチック塗材をコンクリート素地面へくばり塗り、ならし塗りをし、最後に新たにローラーに塗材を含ませて全面にローラー転圧を行つて塗装を完了するまでに要する時間は単位面積当り夏期で約三分、冬期で約五分であることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、この点においても被告方法は、本件特許発明の前記構成要件(5)を充足しないものといわなければならない。

(五)  以上のとおりであるから、被告方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。

四よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(高木克己 牧野利秋 清永利亮)

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